- プロフェッショナル列伝
- 2009/5/31|08:30
神戸の夜景
以前出張で神戸に行った際、ホテルの窓から撮った夜景です。横浜
とはまた違った雰囲気なのは、震災後の復興による新しさもあるのか
もしれません・・・。
昨日30日の17時から、横浜で10年前のバイト時代の友達の結婚
パーティーに行ってました。二次会からスタートして、三次会、そして
終電がなくなってしまったので、内輪だけでカラオケで始発まで・・・。
先ほど帰って、ようやくブログ書いてます。それにしても、久し振りに
会ってもみんな変わらず、お祝いも込めて有意義な使い道になりまし
た、定額給付金の(笑)。始発に乗る際、同じように帰る引き出物を持
っ た スーツの人たちも多かったのですが、来月もジューンブライドで多
い ことでしょう。不況の中で垣間見れる幸せはいいもんですね。
昨日の「フルーツジュース」のお話まで、自分に生きる活力を与えてく
れる様々な分野の「エネルギー業者」に触れてきました。モノとしてだ
けでなく そこに必ず人が介在していて、色んな想いや発想が一緒にパ
ッ ケージされることで、命が吹き込まれるということ。人によって「エネル
ギー業者」 は 多種多様だと思いますが、全てに共通するものとしては そ
ういう部 分だと思います。
中学一年の頃、ざっくり言うと盲腸のような手術で一週間ほど入院しま
した。手術が終わって2日ほど経つと、経過も順調で体調も問題なかっ
たのですが、安静にということでひたすら病室で暇を潰すことに。その時
見舞いに来た父が、食べ物以外で珍しく差し入れてくれた漫画がありま
した。自分で 購入することは決してなかったであろう漫画で、ひとつは藤
子不二雄A原作「笑ウせぇるすまん」で、 もうひとつは西岸良平原作「夕
焼けの詩(うた)・三丁目の夕日」の第一 巻で「プロフェッショナル列伝」と
いうものでした。当時はまだ「三丁目の 夕日」の映画化もなかったですし、
古臭い絵なのもそのはず、自分が生 まれる前の1974年頃に描かれた
作品だったので。
暇を持て余していたのと、せっかくの父からの差し入れだったので、何と
なく手に 取って読んでみると、50~60年代 の自分が生まれていなかっ
た時代設定にもかかわらず、何とも言えない ノスタルジックな感覚を覚え
ました。古き良き日本を舞台に様々な「プロ」 たちが、その技術と職人魂
を武器に、移りゆく時代と共に生きる様を 子供ながらに感動した記憶も覚
えています。「プロ」というものが、職業で もあり生 き様でもあると、そして
そ うなるために必要な努力や時間というも のを 認識したのはこの時が初
め て でした・・・。
アマチュアとプロフェッショナルの違いは、「お金」をもらっているかいないか
だけではなく、そこに賭ける想い・責任・覚悟の違いなんだと思っています。
上手い、下手ではなく、「自分にはこれしかない!」と思って取り組んだ先で
初めて経験する苦悩は、アマチュアにはないものだと思います。結果を出す
ことも求められるプレッシャーの中で、どれだけ自分らしく出来るか。そういっ
た意味で、プロの販売員というのを昔ほど見なくなった気がします。格好から
仕草、立ち居振る舞い、発想や対応、受け答えなど、その昔で言えば「ハウ
スマヌカン」や「カリスマ店員」と呼ばれる人たちが減った気がします。「いち
職業」としてくらいの認識や、「本部に行くまでの通過点」といった人が多いか
らで しょうか?不況の産物ではないと思います。
明日からのブログには、自分の視点から見たファッション業界の様々な「プロ
フェッショナル」な 会社やブランド、人々を特筆していきたいと思います。それ
を見つめなおすことで、プロの端くれでもある「自分」というものを、再度客観的
に見られるとも思いますので。
ちなみ に前出の漫画家西岸良平は、高校・大学は立教だそうで、その間一緒
だった 同級生には、YMOの細野晴臣がいたそうです。大好きな「銀河鉄道の
夜」の 映画音楽を監修した天才。そんな細野さんの祖父は、日 本人で唯一「タ
イタニ ック号」に乗船していて、奇跡的に助かった人でもあるん です。全然関係
ない話で すけど・・・。
今日もありがとうございます~
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